支えたいと思い、鼻をへしおられた日

  • 2017.04.07 Friday
  • 22:23

私はボランティア活動をやろうと思った当初は、がん患者や、その家族の支えになりたいたいと思っていました。

いや
何かをしてあげたいと思っていました。

でも「何かをしてあげたい」という気持ちは数年後みごとにへしおられました。

今考えると、何かをしてあげたいという思いは、「〜をしてあげる」という上から目線ではないでしょうか。


私はボランティアは同等だと考えています。
サポートを受ける家族も、患者も、ボランティアも同等です。


イメージは 頭の中に一本の線を引いて、私たちはその線の上でも下でもない状態ということです。



以前ホスピスでのボランティアでこんなことがありました。

その日看護師さんにピックアップされた方は、前にも一度リフレを受けてくださったことのある患者さんでした。



「リフレのボランティアのものです」と声をかけながら病室へ入ると、ベットにスースーと寝息を立てて寝ている患者さんがいました。


もう一度その患者さんに声をかけてみたのですが、返答がなく
ぐっすり眠っていらっしゃるのかと思うほど穏やかに眠っておられました。


実はその患者さんは、昨夜から緩和ケアを(意識レベルを下げ)受け眠ったような状態になっていたんです。



私は患者さんの元気なお姿も知っていたので、その眠っている状態を見て少ショックを覚え、今、私に出来ることはなんだろう? と考えました。


リフレを行っても患者さんは気持ちいいのだろうか?

何かを語りかけても患者さんは聞いてくださっているんだろうか?



何かをしてあげたくて来ているのに、目の前の患者さんに何もやってあげられることがないような気がして

何もできない自分の無力さに涙が出そうになりました。


そんなことを悶々と考えながら
ふと患者さんの顔を見ると
以前お目にかかった時のように、穏やかな表情で
顔には明らかに血が通った肌の色をしていて、それが生きている証のような感じがして


ハッとしました。




今の私は患者さんに何もしてあげられないけど、今患者さんは確かに生きている。


私は患者さんが生きている時間に一緒に過ごした人間であるということに気が付きました。


そのことに気づいたので、ベット横にあったパイプ椅子をギィィと引き寄せ
椅子に座り、患者さんのスースーという息を感じ、そして
患者さんの手をにぎりながら、体温のぬくもりを感じました。


そして、10分くらいじっとしてから病室を出ました。



この日、私の何かをしてあげたいという思いあがった気持ちはへしおられ、


私はこの患者さんが、今日、今確かに生きていた時間に
一緒に同じ空間にいて、同じ時間を過ごした者であり、患者さんが生きていた証でいいんじゃないかと思うようになりました。



それ以上でも、それ以下でもない、ただの「証」となる人間でいいんだ。

こんなことを考えながら
ホスピスの廊下を、患者さんの手のぬくもりが消えないように自分の手をこすりながら歩いていました。





がん家族セラピスト
酒井たえこ

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