ホスピスで出会った奥さま

  • 2017.02.21 Tuesday
  • 09:38
数年前ホスピスでリフレボランティア活動をさせて頂いていた時のことです。 (患者仮名 黒文字さん) (リフレとは、マッサージのようなものです)
〜〜〜〜〜



ある暖かい日の ホスピスにうかがった時のことです。
看護師さんから、「今日は黒文字さんをお願いします、リフレを楽しみにしてはるから、よろしく〜」

私は、そうなんですか、楽しみにしてくれてるとは嬉しいな、どんな人なんだろうと 軽い足取りで病室へ向かいました。

トントン 「こんにちは、リフレボランティアのものです」
患者さん(黒文字さんと呼ぶ)は、楽しみに待っててくれていたみたいで付き添っている奥さんも、ニコニコしながら「お父さん、待ってたリフレの人やで〜気持ちいいもんねぇ」と言いながら 支度をしてくださる。


黒文字さんは 右手が動かせなくなっていて、言葉もはっきりとは言えない。
動く右手をフリながら ゆっくり「足、好きやねん  ありがとう」「暑かったら 窓を開けてね」と、心優しい気配りもしてくれる。

奥さんは  ずっとニコニコして、時々  黒文字さんの手を握りながら「お父さん、マッサージ好きやったもんねぇ」 と言われる。


一瞬、「好きやったもんねぇ」  
と言う奥さんの過去形にどきっとした。

元気だったころは もっとふっくらして、奥さんおもいで、時々マッサージにも行かれたのだろう・・・ 今日は黒文字さんの好きなマッサージを足に、一生懸命させてもらいますよと気持ちをこめた。

リフレをさせてもらっているあいだ黒文字さんは スースー気持ちよさそうに眠っておられ、リフレが終わってもゆっくり眠っていたので起こさないように、奥さんに 「奥さんも リフレをさせていただきましょうか?」と尋ねてみた。

実は看護師さんから「奥様も とても疲れてはるから、やってあげてほしい」 とお願いされていたのです。

奥さんは私の申し出に「嬉しい!!私もしてくれるの!」 と言いながら、私が施術しやすいように  大きな椅子を運んできてくれ、 「ここに座ってやってくれる?しんどくない?」と笑顔で支度をしてくれる。

私は、 とても優しい奥さんの手をとり、ハンドリフレをおこなう。 ハンドリフレにはあまり使わないけれども、奥さんがラベンダーの香りが 好きだとおっしゃられるので、香りのついたパウダーを使うと、とても嬉しそうに笑顔で手をだして 「お願いしますね」とうっとりしていました。

ゆっくりゆっくり  ハンドリフレを行っていくと、途中で黒文字さんが 起きて 「氷、水がほしい」水をほしいと言われる。

奥さんはうっとりした顔から、先ほどまでのニコニコ顔にもどり 「はいはい、お父さん 氷がいるの  はいはい」奥さんは優しい手つきで氷を食べさせてあげてまた、イスに座りながら 手を差し出し リフレを再開させると

「お父さんがこうなってるやろ、でも私  自分の両親も入院してるから、その二人も看病してるねん・・・なんでこんなに不幸なんやろう・・・」



私「そうですか、辛いですねぇ・・・   私も 父と母を同時に看病していたので少し奥さんの辛さがわかる気がします」

奥「そう、私以外にもいるんやね 辛いよねぇ しんどいわ・・・」

私「はい しんどいですね。もし今日みたいに話をして楽になるようでしたらまた 来たときにでも 話をしてくださいね。
私たちでよかったら・・・・・・  マッサージも言ってくださいね喜んでさせてもらいますからね。
それに、看護師さんも心配されてましたよ」

奥「そう、看護師さんも気にかけてくれてるの!嬉しいわぁ
じゃぁ、またお願いしていい?」

私「もちろんです♪」

若干強めのハンドリフレを 奥さんはずっと、「気持ちいいわぁぁ」と言いながら ほっとされているようでした。


がん家族セラピスト 酒井たえこ



がん家族カフェへの感想を頂きました

  • 2016.11.06 Sunday
  • 23:16
昨日、「がん家族カフェ」で、がん家族サポートの話を聞きたいと、足を運んでくださった方が こんな感想をくださいました。

ぜひお読みいただければと思います。

〜〜〜?????以下感想をコピー〜〜〜


(Aさん) お話を聞きたく今日は伺いました。ですが、初対面である私の悩みに対して、あの場で答えを導き出して下さったことに驚いています。 酒井さんに話を聞きに行きたいと思う人は 心の拠り所が欲しい人であると思います。 私は看護師としての役割 酒井さんはセラピストの役割 共通することはたくさんありますが、求められるニーズや答えられるニーズが違うと思います。


私の役割は、在宅でがん患者さんが穏やかに生活できることで家族さんに安心していただけることだと思ってます。それでも家族さんの不安は到底消えることなく、はかれしれないと思います。


プロボラが広がれば、辛さが分かちあえ、後悔なく看取りができ、互いに良かったねと言えるのではないかと感じました。 また、一瞬でも辛さを忘れられる方が増えるのになと思いました。





「がん家族カフェ」とは?→http://www.gankanbyou.jp



がん家族セラピスト 酒井たえこ

ターミナルについてです。

  • 2016.07.13 Wednesday
  • 01:12
私が体験した「ターミナル」について書かせていただきますので、お辛い方は読まないでくださいね。











ターミナルとは終末期のことを意味し、
がん患者さんであれば、亡くなるであろう時期のことです。



私の父が癌を患い、最終的に入院をした小さな病院でターミナルを迎えました。



私は父の入院はこれで最後になるだろうから、延命処置についてどうするかを兄に話したところ、兄は「おやじが亡くなるなんて思っていない」と強く言っていました。



ですが、私の経験上あきらかにもうダメだろうなと思っていたので、兄や母とは[父の最後の過ごし方]と[見送り]を絶対に、納得した形を話し合っておきたかったので、しつこく相談をして半ば強引に決めました。
そして、その意見は次の日には
医師に伝えました。




医師に伝えた内容は
心臓マッサージ
呼吸器
などの延命処置はしない。


本人の命の危険があったとしても、モルヒネなどの緩和治療(痛みをとる処置)は最大限行ってください。


というものでした。





延命について医師に伝えた後は、私が泊まり込み
昼間の4時間を兄や母に交代してもらい、
昼間に家に帰ってシャワーに入ったり、仮眠をとるという看病スタイルでした。



今になって思えば、父の最後の時間という思いで
周りが見えていませんでした。
父が夜中、大量に吐血をした時も「大丈夫、大丈夫!絶対出血を止めてあげるから!」
父が意識が混乱して暴れたときも「大丈夫!これは一瞬のことやで!私がいるから大丈夫!」


ただただ、そう言い続けていたころ
私は心も体もボロボロでしたが、そんなことにも気づかないくらい
何も見えていませんでした。









その頃、父は痩せこけた顔で
時々暴れることもあり
父の友人がお見舞いを申し出てくださったのだけれど、そんな姿を見せたくなくて
断ってしまいました。



父が亡くなりお葬式の時に、その父の友人から「こんなことなら、なんで見舞わせてくれへんかったんや!!」と、すごく怒られました。
父を合わせなかったことが正しかったのか、正しくなかったのか、今だにわかりません。
ですが、子供として 当たり前の感情だとは思えるようになりました。










話を最後の時間にもどします。




父はいつも 意識が混乱していたわけではなかったので、穏やかな時はいつも「なんか食べてみたいなぁ こう、飲み込んでみたいなぁ」と話していたので医師に相談をして父の大好物な
柿の葉ずし を食べさせることになりました。




それは、このことが原因で亡くなるかもしれないという、大きなリスクがあったんです。

父は食道にステントを入れていて、そのステント周りにも癌が巻きついている状態なので
何かを飲み込むと食道を傷つけ、大量出血してしまうかもしれないとのことでした。




でも、入院した時から担当医師や看護師長に
、自分なりに調べたことを相談したり
最後の過ごし方についての希望を何度も何度も、なんども話に行きました。
最初はウザがられていたと思いますが
次第にウザさが、私の看病の姿勢に同情をしてくれるようになり、このような無防なお願いにもオッケーを出してくれました。




特上の柿の葉ずしを買いに行った日、医師が病室を訪ねてくれ「お父さんの好きなものを用意されましたか? 今日わたしは手術が昼間から夕方までですので、お父さんには夕方に食べてもらってもらうと、わたしがいつでも駆けつけれます。
安心して 美味しいのを食べてもらってくださいね」といつものぶっきらぼうな表情で医師は父に聞こえるように話してくれ、そして私の顔を きゅっとした表情で見て病室を出られました。




その日の夕方、父に大きな柿の葉ずしの箱を見せつけながら、柿の葉を手に取らせると
満面の笑みで 「わざわざ買ってきてくれたんかぁ」と柿の葉をじっと見て、なかなか食べようとしないので、私が先にパクパクっと食べてしまい
「ここのは最高やな!」おどけてみせると、
父もゆっくり柿の葉をめくり、大好きな酢の香りを嗅ぐと「食べてもええんかな。 美味しそうやな」と食べることへの恐怖も感じながら、それでも食べてみたいという欲求と、いや
本人にもわからない複雑な感情で、大好きな柿の葉にかぶりつきました。




それは本当に弱々しい一口でした。




大きな口を開けているつもりが、子供のような小さな開け方で、ほんの少し米を口の中に入れ、
「ああ〜 うまいなぁ、たえが買ってきてくれたん うまいなぁ」何度もいいながらゴクリと米を飲み込んだので、思わず「飲み込めるやん!」とまた、おどけて笑い合いました。
でも、一口食べただけでもういらないと言うので、父の目の前で私が何個もたいらげてしまいましたが、胸がいっぱいで味はわかりませんでした。

ただ、父が全部食べれたかのように、箱の中の柿の葉全部なくしてしまいたかったのです。



父は、一口でも何かを食べれたことに
そして 吐血しなかったことに安心をしたようで、その晩は穏やかに眠り、
その次の日ゆっくり旅立ちました。




私たち家族が思い描いていたターミナルだったかどうか、正解はわかりませんが
父との最後の時間を思いの通り過ごせたこと、
兄や母とお互いの思いを100%ではないにしても、話し合えたことは
父の時間もですが、亡くなってからもわだかまりや後悔がなかったように思えます。



そして、相談者さんとお話をさせていただいている、「看病で1番始めにやること」「看病の危険」などのお話は、この時のことが大きなヒントになっています。




いろんな家族があるように
いろんな看病があります。
絶対に悔いのない看病はないかも知れませんが、
今、看病で悩まれていることは
「それこそが家族の愛情そのものです。」




大丈夫です。
愛情がある時は大丈夫です。

それを信じて、大切な時間をお過ごしください。







sapunapiたえ

保険の話をしてきます

  • 2016.07.08 Friday
  • 01:20
さ来週の代表酒井の東京行きでは、
頼りにしている保険代理店の高橋さんと、
秋に行う予定の「がん家族看病」講演で話してもらう『仮 保険と癌』についてを詰めてこようと思ってます。



がんには経済的なサポートがないと
生活や治療にかなり影響がでてきます。
「生き方」「ライフスタイル」をも意識していける導きにもなる『保険』のことを
みなさんにどうやって
わかりやすくお話し出来るかを
実は春から考えていました。





保険代理店の高橋さんと直接会って
会議をすることで
また新たなアイデアが出ることを期待して
頑張ってきます。




みなさまに、保険(がんの人が)について
疑問に思っていることなどを
コメントで教えてくださると、たすかります。





酒井たえ(sapunapiたえ)
http://www.gankanbyou.jp

お母さんが癌になったら

  • 2016.06.16 Thursday
  • 23:43
ネットで「お母さんが癌になったら」という話題が出ていました。



お母さんが癌になたら
子供さんや
ご主人の生活はガラリと変わります。

news24の本文にもあったように「1人じゃないですよ」ということをまず知っていただきたいです。



そして、癌はみんなで付き合う生活となることも
家族みんなで話し合うことが大切だと思います。


news24記事

http://www.news24.jp/sp/articles/2016/06/13/07332553.html





sapunapiたえ

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